2010年9月8日水曜日

不思議な因縁

ここ数年、私はあまり運がついていなかったようだ。
事業を始めたが、数年で世の中の流れが変わり、会社が傾く。
その大きな原因はやはり人であった。
会社を始めた当初は、来る人は拒まず。
すなわち、神からの使者ではないかと考えていたから。
仕事がない人を採用した。
しかし、それが4年後にはあだとなって返ってきた。
ある一部の人間の謀反である。
私は、この事業の限界を悟り、次の事業の準備を始めた。
しかし、それが詐欺であった。
おかげでなけなしの金もふんだくられてしまった。
それからは私のところに入ってくる話をどんどんやってみた。
しかし、結局実らず。
そんな時、パキスタンの友人が日本の商品を見つけたと言う。
輸入販売をするから協力してくれと言う。
私は早速動いた。
日本のその医療メーカーとコンタクトして、社長にも会った。
丁度3年前のこと。この会社は輸出にはあまり興味がなさそうだった。
しかし、私の話に興味を抱き、「全てお願いします」と回答をもらった。
その商品はパキスタン以外の地域にも紹介した。
すると、数社が興味を持ってきた。
各国の代理店は評価をするためにサンプルを買った。
営業活動を開始した。
少し時間はかかったが、順調に進んでいた。
この春にはマレーシアで一台決まり、その他の国でも注文の声が聞こえてきた。
その矢先、医療メーカーから、
「これからの海外営業権は全て伊藤忠商事に渡しましたから」、と電話が入ってきた。
私は、この瞬間、力が抜けてしまった。
同時進行で天然ガスエンジンのビジネスも展開していたが、これもマレーシア政府の予算の問題で頓挫。
こんな不運が重なり、私は何も考えられなくなってしまった。

すると、数年来の友人の寿美子さんが私ども夫婦に助言をしてくれた。
「私は20年くらい前、ある霊視のできる先生(仮称:岡野先生)に相談に行ったことがある。その先生が言うには鎌倉の杉本寺に行ってみてください」と。
実はそれで救われたのだというのだ。
我々は今年8月10日に行ってみた。
4万6千日の行をやるということだったので。
それから一ヶ月近くも経ったが特に変わったこともない。
そこで、寿美子さん、
「その岡野先生に会わせてもらえませんか?」と頼んでみた。
すると、まもなくして返事があり、会ってもいいですよと連絡が入った。
そこで、9月5日(日)1:00に横浜の高島屋の入り口で待ち合わせることにした。
すると、岡野先生は颯爽と現れた。
細身だが、決して79歳には見えなかった。
我々はタクシーで先生の自宅に行った。
先生は、体力的な問題もあり、新しいお客の相談にはのってないという。
今回は寿美子さんの依頼ゆえ引き受けたのだという。
この岡野先生は、我々が部屋に入る途端、「何人もの霊が一緒に着いてきていますね」、と言われた。
また、こんなことも言われた。
「私は昨日、寿美子さんから依頼された時、震えが来て止まらなかったの。また、昨夜は寝られなかったの」、と言われた。
私はいきなりだったので、なぜそうだったのか聞くことができなかった。
岡野先生は、私と家内の姓名・生年月日・住所を聞かれ、紙に書いていった。
また、いつから、どこで事業を始めたのかも聞かれた。
そして、最近移転した理由と、移転先住所を聞かれた。

すると、岡野先生は、即座に、初めて事業をスタートしたこのビルはとても良くない。
すなわち、霊のたまり場だという。
そこで、家内はその近くが昔、処刑場であったことを説明した。
すると、岡野先生は、
「あら、言っちゃった」と一言。
これがどういう意味だったかわからないが多分、先生には見えていたのであろう。
そのことを我々には言わずにおこうと考えたのであろう。
しかし、家内はずばり、そこを指摘したのだ。
岡野先生は、
「このビルのオーナーは今健康上の問題がありますね」、と言った。
確かに、最近、心臓発作のため、救急車で病院に担ぎ込まれたのだ。
また、「新しいビルも今住んでいるところも同じ問題がありますから、直ぐに、寒川神社の“八方よけ”の御祓いをしてきなさい。」
そこで、今日、訪れた主な話を切り出した。
一つは我々を裏切った日本の医療メーカーのことである。
岡野先生に社長の名前を言うと、その名前の上で指を動かした。そして、
「この人はエンジニアですね。伊藤忠商事にいいようにやられています。このビジネスは伊藤忠商事が存在する限り、うまくいかないから、やめた方がいいです。きっぱりと。」
この話は、あっさりと終わってしまった。
もう一つの、マレーシアビジネスについて語り始めた。
これはマレーシア政府の問題だから、時期が来るまで待てばいいの。そうするしか手がないの。
そんな話で、これも終わろうとしていた。
そこで、なぜ、私が、この天然ガス自動車エンジンのビジネスに係わっていったかの説明をした。
そこで、Kさんの名前を出した。
Kさんの名前を書き、指でなでると、先生の顔の表情が変わった。
柔和な表情になり、すごくうれしそうな表情になった。
「この方は、非常に優しい人ね」
すると、急に涙を流し始めた。
「この人には悲しい思い出があるようです。大変苦労をしてきたようです。その時は死を覚悟しなければならないほどに。」
「このKさんは、あなたに対して、大変感謝をしているようです。昔、自分が苦しんでいた時、あなたから大事な言葉をもらったようです。」
「そうだ、Kさんに頼みましょう。」
すると、岡野先生は誰かと話し始めた。
どうも、Kさんとの会話であるようだ。
「お願いよ、助けて頂戴。忙しいの?忙しいかもしれないけど、助けてよ、いい?・・・」
といった会話だった。
「私は、一度、Kさんに会ってみたい。本当に優しい人ですから。
しかし、この方は、全て見ていますから、嘘をついたら、直ぐに判りますよ。」
この会話を聞いていて、私は、本当に霊視というものを信じることができた。

その翌々日、先生から電話がかかってきた。
「今日、お経を唱えるのに、あなた方の名前・生年月日は聞いたが、子供さんの名前と生年月日を聞くのを忘れていました。」
私は、お礼をいい、子供たちの名前・生年月日を言った。
すると、岡野先生は、
「今、あなたのお母さんが私の側にいるんですよ。」
私は、こう言った。
「一昨日、お伺いした際には、事業のことを中心に聞きましたが、本当は、母と父のことも聞きたかったのです。」
「お母さんは、あなたが墓参りに来てくれないので、少しすねておられます。また、兄弟喧嘩だけはしないで欲しいと言っておられます?心当たりはありますか?」
私は答えた。
「はい、よく理解できます。ところで、父はどうですか?」と尋ねたら、
「お母様のそばにいて、にやにや笑っていますよ。安心なさい。」

また、岡野先生は付け加えた。
「もっと、早くに私と会っていればよかったですね。実は私は不思議な因縁と思っているのです。私の夫の誕生日があなたの奥様と一緒なんです。また、あなたのお兄様の名前と主人の名前が同じなのも不思議ね。しかも、両方ともが目が見えないなんて。また、私が幼い頃、下関に住んでいたのも不思議。あなたも、下関でしょ。しかも、私の実家は沼津。あなたの奥様の実家もその近くでしょ。なにか、不思議なものを感じるのよ、あなた方ご夫婦とは。」

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